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シシド・カフカ ショートに変身 今にも動き出しそうな ミステリアスな球体関節人形とその歴史

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シシド・カフカ ショート過去には、ツヤのある黒いロングヘアーを振り乱しながら、挑発的な視線でドラムを叩いていたCMが印象的だった、シシド・カフカさん。
最近はショートヘアーに変身されているようです。

その芸名と外見から「ハーフではないのか?」という話も聞きますが、本当のところはどうなのでしょうか。

シシド・カフカ

本名: 宍戸佑名(ししど ゆうな)
生誕: 1985年6月23日 34歳(2019年現在)
出身地: メキシコ
身長: 175cm
ジャンル: J-POP
職業: 歌手、ドラマー、女優モデル
担当楽器: ボーカル、ドラムス
活動期間: 2004年 ~
レーベル: cutting edge(avex trax) 2014.10 ~
共同作業者: 平出悟

経歴
メキシコで生まれ、小学校時代まで日本で過ごす。
5歳からピアノやヴァイオリンを習うが、いずれも長くは続かなかった。
12歳の時、父の仕事の関係でアルゼンチンに移住し、中学時代を過ごす。しかし言葉がまったく理解できず、学校では辛い思いを経験している。
14歳の時に、両親からサイレントドラムをプレゼントされたことがきっかけでドラムを始める。
アルゼンチンからは2年で帰国。高校時代からバンド活動を始め、大学時代には最高8バンドを掛け持ちしていた時期もある。

19歳の時にTHE NEWSに3代目ドラマーとして加入しプロドラマーとして活動を開始。
THE NEWSでは4年間ドラマーとして活動した。その後、青木裕子、パンタ、ダイアモンド☆ユカイなどのサポートドラマーを経験。
同時に、生まれ持った長身と抜群のルックスを活かしてモデル活動も開始する。

2005年、20歳の時に大島賢治(ドラマー)、平出悟(音楽プロデューサー)と出会い、「一緒に音楽をやらないか」と誘われる。当初は、ドラムを叩かずにハンドマイクで歌っていた。
2011年、2人の「ドラムを叩きながら歌ってみれば?」というアドバイスを受け、実際に試したところしっくりきたため、「これで私は大丈夫だ。いける」と実感し、現在の歌いながらドラムを叩くスタイルとなった。

このスタイルが評判を呼び、業界の目に留まりデビューが決まった。

人物
芸名の「カフカ」(kavka)は、チェコ語でコクマルガラスというカラスの一種のことである。名付け親はコピーライターの渡辺潤平で、本人がいつも黒い服を着ていたことから、カラスをイメージしたのだという。
本人曰く、自身を含めご両親も純日本人であり、ご両親の仕事の都合で海外生活をしていただけでハーフではないと公言。

ドラムを叩く際は、常に裸足になっているのも有名。「どんな靴を履いていても、靴の厚みと重みで、自分の置きたい所でキックを踏む計算が出来なくなるから」という理由から。

(「シシド・カフカ」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2019年11月26日 (火) 10:08 UTC)

結局のところ純潔の日本人だった、シシド・カフカさん。
でも日本人離れした手足の長さから、ハーフ疑惑が出しまうのもうなずけます。

そんなミステリアスな雰囲気漂うシシドさんですが、こんな人形を見つけました。

シシド・カフカ ドラム

▼      ▼      ▼
球体関節人形 美しい BJD 1/4 ヌードボディ 45.5cm

これは、「球体関節人形(BJD)」と呼ばれる、海外のドールです。
シャープな印象が似ていませんか?

 

球体関節人形作家と言えば

球体関節人形の有名作者の一人に、吉田良さんがいます。
吉田良さんは、日本に於ける球体関節人形の草分け的存在として有名です。『球体関節人形作家』と言えば、まず名前が挙がるほどです。人形制作の他にも、写真家として活躍されています。

簡単に経歴を説明すると、1952年生まれで、東京写真専門学校(現・東京ビジュアルアーツ)卒業後、独学で人形制作を開始されました。
1983年に自由が丘にドールスペース・ピグマリオンを設立し人形教室を主宰、現在に至ります。

吉田さん曰く、人形制作を始めるきっかけは、「ハンス・ベルメールや四谷シモンの作品との出会いだ」と語っています。
中でも、ベルメールについては、「人形制作に於ける原点」と言う事で、強い影響を受けたようです。

 

球体関節人形を一番初めに製作したのは?

球体関節人形を世界で最初に発表したのは、ハンス・ベルメールです。

ちなみに、ハンス・ベルメール(Hans Bellmer, 1902年3月13日 ~ 1975年2月23日)は、ドイツ出身の画家、グラフィックデザイナー、写真家、人形作家でした。

美術史的には、「球体関節人形作家」ではなく、画家、グラフィックデザイナー、写真家の位置づけとなっています。
現在の球体関節人形への貢献度や知名度を考えれば、イメージのギャップがあり、なんだか面白いですよね。

 

日本での球体関節人形の発表

球体関節人形が世に知られたのは、1934年、少女の関節人形の白黒写真10枚を収めた『人形』(Die Puppe)のドイツでの自費出版でした。
日本では、1965年に雑誌『新婦人』の中で、澁澤龍彦がベルメールの球体関節人形を紹介され、作品が広く知られるようになりました。

シシド・カフカ 身長

このように、ドールには長い歴史があり、コアなファンによって今も愛され続けています。
一体一体にこれまでの試行錯誤や改良の跡が見られ、成熟を繰り返して現在の美しいドール達が生まれました。
ぜひ、お気に入りの一体を見つけて、その歴史を感じてみて下さい!

 

今回は以上となります。
最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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